大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)5696号 判決 1984年7月27日

原告

高橋英樹

被告

柴田洋司

主文

一  被告は、原告に対し、金三三三七万三二九四円及びこれに対する昭和五五年二月二二日以降右支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決中、主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告

「(一) 被告は、原告に対し、金五〇七〇万九八五〇円及びこれに対する昭和五五年二月二二日以降右支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。(二) 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び右(一)につき仮執行の宣言。

二  被告

「(一) 原告の請求を棄却する。(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  (交通事故の発生について)

昭和五五年二月二二日午前七時三七分ごろ横浜市戸塚町一三二二番地先交差点(通称日ノ出橋交差点、以下「本件交差点」という。)において、北西から直進しようとして進入した訴外新津朗(以下「新津」という。)の運転する自動二輪車(ホンダ五四年式、横浜め一八七八号、以下「本件バイク」という。)と東北から右折しようとして進入した被告運転の普通乗用自動車(トヨタカリーナ五三年式、横浜五八す四一九三号、以下「被告車」という。)とが出合頭に接触し、その衝撃により、本件バイクの後部座席に同乗していた原告が振り飛ばされ、その場で頸髄損傷、第四頸椎脱臼骨折、左膝蓋骨折、左下腿骨折等の負傷をした。

二  責任原因について

被告は、前記乗用車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、本件事故に基づき原告が被つた後記損害を賠償する義務がある。

三  損害について

(一)  治療関係費 金五二三万二五九〇円

原告は、本件事故当日である昭和五五年二月二二日須田整形外科・皮膚科医院に通院して治療を受けたが、即日大船共済病院に転院し、同病院整形外科において、同日から昭和五六年三月二一日までの三九四日間入院し、昭和五六年三月二二日から同年四月六日までの間通院して治療を受ける一方、右入院中尿路感染症により尿道周囲膿瘍、陰のう部膿瘍を、脊髄損傷のため神経因性膀胱を来たしたので、同病院泌尿科で昭和五五年四月二五日から昭和五七年一月五日まで往診を受け、また入院(六一日間)・通院し治療を受けた。その後も、昭和五七年一月一三日以降重度身体障害者更生援護施設である七沢第二更生ホームに入院し、治療と機能訓練を受けている。

1 治療費 金二五六万九九九〇円

須田整形外・皮膚科医院及び大船共済病院における昭和五六年一〇月までの分

2 入院中付添看護費 金一五九万二五〇〇円

入院中原告に対する付添看護は、その親族ぐるみで行つてきた。入院四五五日間、一日当たり金三五〇〇円が相当である。

3 入院雑費 金六八万二五〇〇円

入院四五五日間、一日当たり金一五〇〇円が相当である。

4 通院中付添看護費 金三八万九三〇〇円

原告は、前記のとおり、昭和五六年三月二二日から昭和五七年一月五日まで二二九日間通院したが、右の期間における原告に対する付添看護も親族ぐるみで行つてきた。右の付添看護については、一日当たり金一七〇〇円を下ることはない。

(二)  逸失利益 金三九三二万六八四五円

原告は、昭和三八年一二月一一日生れの男子で、前記事故当時一六歳であつたから、右事故に遭遇しなければ、将来順調に成長し、昭和一〇六年三月(六七歳)まで五一年間(うち一八歳以後の四九年間は新制高校卒の学歴で)就職し、収入を得るはずであつた(原告は、右事故当時定時制高校に在学していた。)。

しかるに原告は、前記事故で負傷し、かつ、第五頸髄節以下の神経の完全麻痺、膀胱直腸障害、左膝上部にて切断という自賠法施行令別表等級第一級に相当する程度の後遺障害を残すに至り、労働能力を一〇〇パーセント喪失したため、右収入の全額を失つた。

そこで原告の逸失利益は、次のとおり計算される。

(1) 年収 原告の現実収入は、月収金一三万九二五〇円(一日当たり金五五七〇円×二五日)と年間賞与二か月分とをあわせ、金一九四万九五〇〇円である。

しかし、原告は、専業の有職者ではなく、定時制高校生であるから、右の現実収入額によるべきではなく、これに一〇パーセントを加算した金二一四万四四五〇円を年収とみるべきである。

(2) ライプニツツ係数

右五一年に対応するライプニツツ係数は一八・三三八九である。

(3) 労働能力喪失率

原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。

(4) 以上(1)、(2)、(3)により計算した逸失利益は、金三九三二万六八四五円となる。

(二一四万四四五〇円×一八・三三八九=三九三二万六八四五円)

(三)  介護料 金二三八八万七三三三円

原告は、少なくとも、大船共済病院への通院を終了した日の翌日である昭和五七年一月六日(一八歳)から昭和一一三年(七四歳)までの五六年間を生存することが予想されるが、前記後遺障害のために、自力で起臥寝食することが全く不能となつたのみならず、排尿便も他力によらざるを得ない状態となつており、右生存中の全期間一日につき二四時間の他人による介護を必要とする。そして、右の介護料は、前記後遺障害の程度が大きいこと、及び原告は脳自体の機能障害がないことから精神的シヨツクは大きくこれに対応した愛情ある手厚い看護が必要であること、原告の母聡子の体力にも限界があり、将来においては、職業的付添婦に依頼せざるを得ないこと、現在のその費用は一日当たり金一万円であり、値上りも当然予想されるものであることなどからすると、一日当たり金三五〇〇円を下まわることはないものというべきである。そうすると、右の介護料は、次のとおり、金二三八八万七三三三円となる。

1 年間金一二七万七五〇〇円

(三五〇〇円×三六五日=一二七万七五〇〇円)

2 一八歳から七四歳までの五六年間のライプニツツ係数一八・六九八五

3 以上(1)、(2)により計算した介護料は、金二三八八万七三三三円となる。

(一二七万七五〇〇円×一八・六九八五=二三八八万七三三三円)

(四)  慰藉料 金一七〇〇万円

原告は、前記事故による受傷のため、前記のとおり入・通院したことと後遺障害により、肉体的、精神的苦痛を受けてきているが、その慰藉料としては、入・通院分金二〇〇万円、後遺障害分金一五〇〇万円が相当である。

(五)  器具購入費 金一二五万四〇〇円

原告は、前記の後遺障害により、ベツド一式金五三万四〇〇〇円、車椅子金一二万円、ホイスト金六〇万円を購入する必要がある。

(六)  家屋改造費、調度品購入費 金九二五万円

原告は、前記の受傷及び後遺障害のため、風呂場、トイレ、出入口などの改造が必要となつたが、その見積金額は金九二五万円である。

(七)  弁護士費用 金三三一万七四六六円

原告は、昭和五五年八月一二日、本件原告訴訟代理人佐藤利雄弁護士との間に、着手金なし、判決確定を条件として、成功報酬七パーセントの約で前記事故の処理につき法律事務の委任契約を締結した。

(八)  以上の原告の損害額を合計すると金九九二六万八二三四円となる。

四  てん補について 金四八五五万八三八四円

前記損害に対するてん補として、原告は、いわゆる自賠責等保険から金四二四四万四八〇九円、労災保険から治療費金一三九七万七五一四円、治療費を除く休損その他金四三〇万三五七五円、訴外新津から金一八一万円の合計金四八五五万八三八四円の各支払を受けた。

五  結論

よつて、原告は、被告に対し、以上の計算による損害賠償金として金五〇七〇万九八五〇円及びこれに対する前記事故発生の日である昭和五五年二月二二日以降右支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

第三被告の答弁及び主張

一  答弁

(一)  (交通事故の発生について)の事実中、本件バイクと被告車が接触したこと及びその衝撃により原告が振り飛ばされたことは否認する。その余の事実は認める。原告の左膝と被告車が接触し、原告が振り落されたものである。

(二)  (責任原因について)の事実中、被告が原告主張の乗用車を所有し、右事故当時右乗用車を自己のために運行の用に供していたものであることを認める。その余の事実は争う。

(三)  (損害について)の事実のうち、原告が、昭和五五年二月二二日須田整形外科・皮膚科医院(以下「須田医院」という。)に通院したこと、即日大船共済病院に転院し、原告主張の期間入院したこと及びその後通院したこと並びに原告が佐藤弁護士との間に、前記事故の処理につき法律事務の委任契約を締結したことは認めるが、右の通院の期間を含むその余の事実は不知。

なお、原告は、前記事故のため重傷を被つたのであるから、その平均余命年数は、一般平均人のそれよりはるかに短く、かつ、その期間は予測し得ないものであるから、これを前提として逸失利益及び介護料の算定を行うべきである。

(四)  (てん補について)原告は、損害のてん補として、いわゆる自賠責保険から金四二四四万四八〇九円、労災保険から治療費金一三九七万七五一四円、休損金四二二万九五三五円の各支払を受けた。

二  主張

(一)  免責(又は被害者側の過失)

原告は、訴外新津の運転する本件バイクの後部座席に同乗して勤務先に通勤していたものであるが、本件交差点附近においては、北西から南東方面への道路が渋滞中であつたため、被告は本件交差点入口附近で一時停止し、車の流れが切れるのを待つていたところ、北西方面から来た大型貨物自動車が交差点手前停止線のセンターラインぎりぎりのところで停車し、同車の運転手が被告に対し、自車前を横断するよう手で合図をしたので、被告は時速約四ないし五キロメートルで同交差点に進入し、右大型貨物車の直前で右折を開始し、被告車の前部が交差点中央部分よりすこし出たとき、訴外新津がはみ出し禁止の標示のある中央線を越えて、同所における制限時速が四〇キロメートルであるのに時速五五キロメートル以上の速度で進行し、被告車左前部角附近に本件バイクに同乗中の原告の左膝部分を衝突させたものである。

右のとおり、被告は交通法規を守り、徐行しながら、本件交差点中央附近を越えたものであり、何ら責められる点はなく、他方本件バイクのように、センターラインに添つて渋滞中の車両を追い越すため、はみ出し禁止線を越え、かつ、高速度で運転して来る交通法規無視の車両のあることを予想して安全を確認する義務はないから、前記事故の発生について被告は無過失であり、かつ、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、自賠法三条ただし書きの規定により免責となるべきものである。

仮りに免責とならないとしても、右事故の発生について、訴外新津には、大きな過失があるものというべきところ訴外新津は自動二輪車を運転するに際し、本件事故以前においても、道路が自動車で渋滞しているときは、はみ出し禁止場所においてもセンターラインを越えて対向車線を走行し、制限速度を越える時速一〇〇キロメートルで走行したり、また乗車定員を超えて三人乗りをするなど無謀運転を繰り返していたもので、本件事故後は暴走族「音」の仲間に加わり、暴走行為を行つていたものであり、他方原告は、日ごろ右新津の運転する自動二輪車に同乗し、しかも訴外新津あるいは他の友人の運転する自動二輪車後部座席に同乗する場合には、自己の左右の大腿部上に両手を置き、両足膝を開き、体を後ろに反りかえすなどの危険な行為を常に行い、訴外新津あるいは他の運転者から注意されても止めようとはせず、右新津と共同して暴走行為を繰り返していたものである。

右のとおり、原告は、前記のような無謀運転する訴外新津の自動二輪車に、毎日の通勤通学及び遊びのためのドライブの際同乗していたものであるから、原告及び訴外新津は、被害者側とみて、被告との関係においては、原告の過失を八、被告の過失を二として、過失相殺が行われるべきである。

(二)  過失相殺(原告個有の過失)

本件バイクのような自動二輪車は、四輪車とは異なり不安定な乗物であるから、その運転に当たつては、バランスをとりながら走行する必要があり、そうでなければ転倒の危険がある。また、運転者も同乗車も、正しい基本的な姿勢で乗車しないと振り落されることもあるので、運転者も同乗者も、乗馬の際の姿勢と同様両膝で車体をはさみ、下半身を安定させることが要求されている。更に同乗者にあつては運転者の身体を、両手で抱き付くように持つて両者一体の姿勢をとらないと振り落される危険が大きい。

しかるに、原告は、前記のとおり、自動二輪車に乗車する際の右基本姿勢をとることなく、両膝を開いた危険な乗車方法で暴走行為を繰り返していたが、前記事故の際も原告は、両膝を開いた危険な姿勢で訴外新津の運転する本件バイクに同乗し、その左膝と被告車の前部フエンダー部分が接触し(本件バイクと被告車とは接触していない。)て、原告は本件バイクから落下したものである。したがつて、原告の右の正しい基本的な姿勢をとり、膝をしめて本件バイクに乗車していたならば、右の事故は発生しなかつたが、発生したとしても原告の膝と被告車の右の接触は、一センチメートル以内の接触にすぎず、原告は擦過傷を負う程度の軽傷ですみ、本件バイクから落下したり、原告主張のような重傷を負うことはなかつたものであるのに、原告は、訴外新津の無謀運転に対して何ら注意をすることなく、これに進んで加担していたものである。

原告の右過失は、前記事故の発生及び損害の拡大に大きく寄与したものというべきである。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

(一)  被告の主張事実を争う。もつとも訴外新津に過失があつたことは認める。

(二)  被告及び訴外新津には過失があつたが、原告には何ら過失がない。

本件事故の現場である交差点では、自動信号機が設置されるなどの交通整理が行われておらず、被告に進路を譲り停止した大型貨物自動車は、被告の進路である右側の視界をさまたげるものであつた。したがつて、被告は、右の大型貨物自動車の直前を横断して右折するに当たり、右交差点において、右方の安全を十分確認して進行すべき注意義務を負つているのにこれを怠り、右方の安全を何ら確認することなく漫然と右折したのである。他方原告は、事故前訴外新津に運転を誤るような動きや脇見等をさせるような言動は全くしていないのであつて、訴外新津が対向車線に進路を変更し、中央線寄りのところを時速約五〇キロメートルで右側通行をし始めたのは、訴外新津の独断である。新津は、原告に何もいわずに進路を変更したものであるが、右の進路変更から前記事故までは二ないし三秒しかなく、原告としてはなすすべもなかつたのであるから、原告には何の過失もない。

(三)  原告は、被告主張の暴走族の仲間ではなく、また、自動二輪車の後部座席に同乗するに際して、両手で運転者の体を抱えもつことなく、自己の左右の大腿部上に両手をおき、両足膝を開き、体を後ろに反り返す等して危険な行為を常に行つていたようなことはなく、まして、前記事故の当時においては、原告は、訴外新津から握り飯とカツプ味噌汁の入つた袋を持つよう依頼されてこれを後部座席に置いて両脚で保持していたうえ、事故直前には新津の背中の右側から進路前方の様子をうかがつていたもので、右脚が外側に開くことはあつても、左脚はかえつて車体の方に閉まる状態にあり、そのため、原告は左膝部分の損傷は受けたが左大腿付根部分には全く損傷を受けなかつたのである。

(四)  原告と訴外新津とは出勤を共にする職場の仲間にすぎず、起居を共にするわけではなく、親族関係もない。

(五)  したがつて、被告の免責(又は被害者側の過失)及び過失相殺(原告個有の過失)の主張は失当である。

第五証拠関係

記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  事故の態様について

請求原因一の事実中本件バイクと被告車が接触したこと及びその衝撃により原告が振り飛ばされたことを除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

当事者間に争いのない右の事実及びいずれもその成立に争いのない甲第六号証、同第七号証、乙第一号証から同第七号証まで並びに原告本人尋問(第一、二回)の結果(以下「原告本人尋問」という。)、被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  被告は、昭和五五年二月二二日午前七時三七分ごろの出勤途上、その所有に係る被告車を運転して、東方下倉田方面から北西戸塚駅方面へ向うべく、横浜市戸塚区戸塚町一三二二番地先の変形五差路の交差点(本件交差点)に差しかかつた。他方そのころ、被告同様出勤途上の訴外新津はその保有に係る本件バイクの後部座席に原告を同乗させたうえ、北西戸塚駅方面から南東田谷方面へ向うべく、本件交差点に差しかかつた。

2  本件交差点は、右のとおり変型五差路であつて、信号機の設置はなく、交通整理も行われてはおらなかつた。右交差点はまた、北西方戸塚駅方面から南東田谷方面に通ずる幅員六・九メートルの市道(以下「市道」という。)と東方下倉田方面から本件交差点へ入る幅員六メートルの道路のほか本件交差点から西方へ行くと行き止りとなる道路及び南方へ行くと山林へ通ずる道路が一所で交差する交差点であるが、右の時点においては、右の各道路とも歩車道の区別はなく、アスフアルト舗装され、平担で乾燥していた。そして右市道については、最高速度は四〇キロメートルに制限され、両側は駐車禁止、追越しのための右側部分はみだし禁止と指定されてそれぞれの道路標識が設置されていたが、東方からの道路、西方へ行く道路、南方へ行く道路については、いずれも交通規制はなかつた。右の市道の両側には人家や商家がまばらに建つており、同日午前八時三五分から、午前八時四〇分までの五分間に本件交差点を通過した車両等は、市道においては自動車五三台、歩行者一〇人と極めて多く、東方から入る道路においては自動車三台、歩行者二人と少なく、他方西方へ行く道路及び南方へ行く道路においては、自動車・歩行者の通行は皆無であつた。また、同日午前七時五五分から午前八時四〇分ごろにかけて本件交差点附近で実施された警察官による実況見分の際には、本件交差点に立つて、市道上の北西・南東を見通すと車両が渋滞しており見通しは不良であり、市道上の北西から南東を見通すと、前方の見通しは良好であつたが、東側道路への見通しは不良であり、同日午前七時三七分ごろにおいても、天候は晴れで、被告車内からの本件交差点附近の見通しは悪く、本件バイク上からの本件交差点の見通しは、前方は良く、左右方向は不良であり、市道上の車両の通行は北西から南東方向へ向かつての走行車両が多く連なつて渋滞しており、他方対向車線における渋滞はなかつた。

3  前同日午前七時三七分ころ、本件交差点へ東方から入り、右折して北西方向戸塚駅方面へ行くため、本件交差点に差しかかつた被告は、交通渋滞が激しく、見通しが悪いばかりでなく、容易に前へ出られない状態であつたため本件交差点直前で一たん停止して前方をみたところ、市道上を南東方向田谷方面へ向かうバスと乗用車が本件交差点を通過したあと、後続の大型貨物自動車は、本件交差点直前で停止したので、被告は、右大型貨物自動車の直前を横断して本件交差点に進入し、その直後右大型貨物自動車の進行方向右前フエンダー近くで再び停止し、次いで進行方向左方の安全を確認の後本件交差点内で右折すべく、右方の安全を確認することはしないまま、漫然時速約五キロメートルで発進進出したところ、間もなく、右の大型貨物自動車の陰になつたその右側部分を本件バイクが直進してあらわれたのをみた。

4  他方そのころ北西戸塚駅方面から南東方向の本件交差点へ向かつて市道を本件バイクで進行してきた訴外新津は、右道路の進行方向右側の本件交差点内にあるバス停留所附近に人が一〇人程おり、進路前方には乗用車三台程と大型貨物自動車一台及びバス一台が停止しているのをみたが、対向車線には対向車が走行していなかつたので、追越しのためのはみ出し禁止の場所であることを知りながら、右側通行をして先行車を一気に追い越すべく、突然ハンドルを右にきつて対向車線上に進出したうえ、渋滞して停止中の先行車両の右側を時速約五五キロメートルで徐行することもなく直進し、進行方向右側に停止している大型貨物自動車の右を通過する時点で前方左側からあらわれた被告車を至近に発見し、咄嗟にハンドルを右にきつて避けようとした。

5  以上のようにして、被告車の被告と本件バイクの訴外新津とは、いずれも相手車を発見したものの、ブレーキをかける暇はなく、本件交差点内において、被告車の左前方フエンダー部分附近は、本件バイク後部座席に同乗していた原告の左膝部及び本件バイクの左後部附近に接触・衝突し原告は、右の衝撃と本件バイクが衝突後そのまま前方へ走行し続けたことのために本件バイク進行方向左前方に位置する、市道と南方へ行く道路との接点で、かつ、衝突地点の左前方約七・八メートルに当たる路上に投げ出され、更にそれから約五・八メートル程を前方に滑つて停止し、本件バイクは右衝突地点の前方三八メートルに至つてようやく停止し、他方被告車も衝突地点附近に停止した。

6  右衝突事故(以下「本件事故」という。)により、被告車は、左前バンパー、左前フエンダー及び左前照灯枠が凹損したほか特に左前照灯直ぐ後脇の車体部分左フロント・ターン・シグナルの付近は大きく凹損するとともに破損し、車体左前ドアーの前方付根の位置から前寄りの部分には擦過損傷を被り修理代は金八万三六五〇円を要するものと見積られ、本件バイクの左後泥よけ部分も曲損した。

7  原告は、本件事故直後、救急車で戸塚区にある大船共済病院に入院したが、右事故のため、頸髄損傷、左膝蓋骨骨折、左下腿骨骨折の傷害を被り、昭和五六年四月六日現在において、同病院医師により、「第五頸髄節以下の神経の完全麻痺、膀胱直腸障害あり、左膝上部にて切断、大転子より三八センチメートル長さ」と診断された。

以上のとおり認められる。弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第八号証中の記載及び原、被告各本人尋問の結果中、右認定に沿わない部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  ところで被告が原告主張の乗用車を所有し右事故当時これを自己のため運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがなく、前記認定の事実関係によれば、後記のとおり、被告のいわゆる免責の抗弁は採用できず、かえつて、本件事故の発生については被告に過失のあつたことが明らかであるから、被告は、原告が本件事故によつて被つた後記損害を、訴外新津と連帯して(法律上は不真正連帯の関係にあるものというべきである。)賠償する義務がある。

三  被告のいわゆる免責の抗弁について

前記認定の事実関係によれば、被告は、本件事故当時被告車の運行に関し注意を怠らなかつたとは認められず、かえつて被告は、本件事故当時の警察官の取調べに対して、自己が停止車両直前の横断右折をする際の、本件交差点での右方の安全不確認を自認しているほか、前記認定のような状況にある変型五差路といつた特異な交差点において、交通ひんぱんな市道上に渋滞して連なる車両があるときは、その間を縫つて人やバイクが走り出たり駈け抜けたりするなどのことがあるほか、市道上の反対車線にはみ出て渋滞車を追い抜いて先行しようとする車両があるなど、人も車も様々な挙動にでることがあるのであつて、このことは当裁判所がこれまで審理してきた多数の交通事故に係る事案に照らして顕著なところであるとともに、この点は通常の自動車運転者にとつても予想に難くないところであるのみならず、右市道のような交通ひんぱんな広道を直進する車両と右市道に入ろうとする交通の少ない狭道からの右折車が、信号機がなくしかも交通整理も行われていない交差点内で衝突する交通事故の多いことは当裁判所に顕著なところである。したがつて前記東方からの道路を通つて市道に入ろうとする被告車の運転者たる被告としては、特に進路前方右側の見とおしも悪く、自己の右折進路をさえぎる市道上の直進車の渋滞があつて、その陰が見えないときには、ことのほか注意深く慎重に車両の進行を図るべく、ただ自己の進路前方、左方の状況に注意を用いるにとどまらず、これと併わせて、進路右側の種々の状況にも意を用い、即応可能な心構えと態度で自車の運転を行う義務があるものというべきであるから、被告において注意を怠ることがなかつたものとは到底いい得ないのである。したがつて、被告のいわゆる免責の抗弁は失当である。

四  被告の過失相殺の主張について

1  いわゆる被害者側の過失について

訴外新津に、本件事故の発生につき大きな過失があることは前記認定の事実関係に照らして明らかであるが、この過失をいわゆる被告者側の過失として、原告の被つた後記損害の算定に当たり考慮すべきものとするに足りる特段の事情を肯認するに十分な証拠はない(昭和四二年六月二七日最高裁判所第三小法廷判決民集二一巻六号一五〇七頁、昭和五六年二月一七日最高裁判所第三小法廷判決、交民集一四巻一号一頁参照)。したがつて、いわゆる被害者側の過失をいう被告の主張は採用できない。

2  原告の過失について

前記認定の各事実関係のほか、前掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、被告車と本件バイク及びその後部座席に同乗していた原告との接触・衝突は、被告車が東方から本件交差点に向つて進入して、西北から南東方へ向う市道の線に対して四五度ないし六〇度以上の鋭角をなす方向に向いた際、右市道上を直進してきた本件バイクが被告車を発見し咄嗟に進行方向右側にハンドルをきろうとしてふくらみ、発進後間もなくの被告車の進行方向に対して直角かややそれより少ない角度に対向した際に発生し、ふくらんだ本件バイクは一瞬後部が被告車に押されることとなり、軽くその後部を被告車の車体左前横に接触しただけで転倒せず、そのまま市道と並行する方向に高速で走行していつたが、原告は本件バイクの進行方向右前方路上に投げ出されたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、被告車の速度は約五キロメートルと小さかつたにもせよ、本件バイクに同乗する原告の左膝部に直接加えられた被告車の圧力は大きかつたというべきである。したがつて、被告主張の正しい基本的な姿勢で原告が本件バイクに同乗していたとしても(なお、本件事故当時原告が被告主張のような両膝を開いた危険な姿勢で本件バイクに同乗していた旨の被告の主張については、右主張に沿うかのような前掲乙第八号証の記載部分は、原告本人尋問の結果に対比してたやすく採用できず、他に右主張の点を肯認するに足りる証拠はない。)、被告車と本件バイクとが対向して走行した際に前記接触・衝突が生じたのであれば兎も角、そうではなくて、右の角度で両車間の前記接触・衝突が発生したものとみられる以上は、原告は、その左膝部に被告車の大きな圧力を負荷して前記認定の傷害を被るに至つたものということができる。被告主張の正しい基本的な姿勢で原告が本件バイクに同乗していなかつたがゆえに、原告に対する本件事故の発生ないしはその損害の拡大を招いたものということはできない。前掲乙第八号証の記載中被告の主張に沿うかのような部分は、原告本人尋問の結果に照らして採用せず、他に本件事故の当時における右被告主張の点を肯認すべき証拠はなく、また、原告について過失相殺をするのを相当とするような不注意が、本件事故の当時、原告に存したことを認めるに足りる証拠もない(この点に関する右乙第八号証中の記載部分も、原告本人尋問の結果に照らして採用できない。)。それゆえ、過失相殺をいう被告の主張も失当である。

五  損害(弁護士費用を除く。)について

1  治療費 なし

弁論の全趣旨によれば、原告は、治療費として、少なくとも金二五六万九九九〇円を要したが、右は、労災保険からの金一三九七万七五一四円をもつててん補ずみであると認められる(右によりてん補されなかつた治療費を要したことを認めるべき証拠はない。)。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  入院中付添費 金一三六万五〇〇〇円

原告が大船共済病院において昭和五五年二月二二日から昭和五七年一月五日までの間に合計四五五日間の入院治療を受けたことは当事者間に争いがない。そしてその入院につき親族ぐるみで付添を行つてきたものであることは、原告本人及び原告法定代理人各尋問の結果と弁論の全趣旨により明らかであつて、右認定を左右するに足りる証拠はないから一日につき金三〇〇〇円とするのが相当である。そうするに入院中付添費の合計額は金一三六万五〇〇〇円となる。

3  入院雑費 金三一万八五〇〇円

一日につき金七〇〇円が相当であるから、入院期間四五五日につき合計金三一万八五〇〇円となる。

4  通院付添費 なし

原告が本件事故による前記認定の傷害治療のため、原告主張の通院をしたことは当事者間に争いがないが、その期間及び通院実日数を認めるに足りる証拠はないから、この点は後記慰藉料の認定において斟酌する。

5  器具購入費 金五三万四〇〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一から三までと弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により被つた後遺傷害のため、日常生活を営むに当たつて身体障害者用ベツト一式代金五三万四〇〇〇円を要する状況となつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、原告は、右金五三万四〇〇〇円の損害を被つたものというべく、原告において現時点でホイスト代金六〇万円の損害を被つたこと及び原告が車椅子を要するにせよそれが金一二万円であることを認めるに足りる証拠はない。

6  家屋改造費、調度品購入費 なし

前記認定の原告の後遺傷害の程度及び内容からすれば、原告は、日常生活を営むうえにおいて、その居住する家屋に改造を必要とするものと推認できなくはないけれども右の必要とする改造の程度、内容、費用を具体的に明らかにすべき証拠はない(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証はこれを認めるための証拠として十分なものとはいえない。)。

7  逸失利益 金三九三二万六八四五円

原告が昭和三八年一二月一一日生まれの男子であり、本件事故当時一六歳であつたこと、原告は、本件事故当時定時制高校に通学していたので、本件事故に遭わなければ新高卒の学歴を得て別途再就職をしたうえ昭和五七年四月(一八歳)から昭和一〇六年三月(六七歳)までの間就労することができた蓋然性が高いこと、原告が本件事故のため負傷し事故当日に自賠法施行令別表等級第三級以上に相当する傷害を被つてその後の得べかりし収入を喪失し、以来一〇〇パーセント労働能力を喪失した状態にあること、今日でも労働能力を一〇〇パーセント喪失する同表第一級に相当する後遺障害を残していることは、前記認定の事実と成立に争いのない甲第一号証、前掲甲第六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により明らかである。成立に争いのない乙第一五号証は、右認定を左右するに足りるものではなく、他に右認定を左右すべき証拠はない。

ところで、前掲甲第七号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時訴外有限会社小池工業所に組立工として勤務し、日給五五七〇円を得ていたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はないから、昭和五五年中の年収は、特段の事情の認められない本件においては、合計金一六七万一〇〇〇円(5570×25×12)となり、同年中に喪失した収入損害は、同年二月中少なくとも五日分金二万七八五〇円、三月から一二月までの分金一三九万二五〇〇円の合計金一四二万〇三五〇円ということになるが、翌年中の喪失した収入損害は、年間につき、右金一六七万一〇〇〇円とするのが相当である(賃金上昇率は不明確であるからこれを見込まず、他方中間利息の控除はしない。)。そして昭和五七年以降の収入損害については、原告の高校卒業の蓋然性が高いことも考慮し、昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、新高卒、男子労働者の平均賃金である月収金二三万八二〇〇円、年間賞与等金八〇万六八〇〇円(合計金三六六万五二〇〇円)を基礎とし(原告が若年であることを考えると一八~一九歳の賃金額で固定するのは相当でない。)、年五パーセントの割合による中間利息を控除することとし、労働可能年数四九年間に対応するライプニツツ係数一八・一六八七を乗じて現価を算定すると、次のとおり金六六五九万一九一九円となる。

〔(23万8200円×12)+80万6800円〕×18.1687=6659万1919円

したがつて、逸失利益は原告主張の金三九三二万六八四五円を超えるから、右主張額によることとする。

8  介護料 金二三八八万七三三三円

原告法定代理人尋問の結果及び原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は、少なくとも昭和五七年一月六日から昭和一一三年(七四歳)までの五六年間生存が予想され、かつ、前記認定の傷害及び後遺障害のため、排尿便、外出、入浴等日常生活の大部分について他人の介助によらざるを得なくなつていることが認められる。前掲乙第一五号は右認定を左右するに足りず、他に右認定を左右すべき証拠はない。そして右の介助については、一日当たり金三五〇〇円を要するものとするのが相当である。右により右五六年間に要する介護料について、年五パーセントの割合による中間利息を控除したうえ、現価を算定すると、次のとおり、金二三八八万七三三三円となる。

3500円×365×18.6985=2388万7333円

9  慰藉料 金一三五〇万円

前記認定の本件事故の態様、右事故時における原告の年齢、性別、その被つた傷害の部位、程度、入院の期間、後遺傷害の程度等本件にあらわれた一切の事情を総合すると、前記通院付添費の点をも考慮し、原告の慰藉料は、入、通院分及び後遺傷害分を含めて金一三五〇万円とするのが相当である。

10  以上1ないし9の合計額は、金七八九三万一六七八円となるところ、原告の自陳する労災保険からの休損その他のてん補額金四三〇万三五七五円(被告の主張する労災保険からの休損てん補額金四二二万九五三五円より金七万四〇四〇円多い。)と訴外新津よりのてん補額金一八一万円を伴わせた金六一一万三五七五円と自賠責保険からてん補されたことに争いのない金四二四四万四八〇九円を合計した金四八五五万八三八四円を差し引くとその残額は、金三〇三七万三二九四円となる。

六  弁護士費用 金三〇〇万円

原告が、被告において任意に、右五の損害に対する賠償をしないため、本訴の原告代理人佐藤利雄弁護士に対し、本訴の提起及び追行を委任し、これに対する報酬の支払を約したことは、弁論の全趣旨から明らかであり(原告が、同弁護士との間に、本件事故の処理につき法律事務の委任契約を締結したことは当事者間に争いがない。)、右認定を左右するに足りる証拠はなく、本件事案の性質、審理の経過、認容の額等諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある損害として、原告が被告に対し支払を求めることのできる弁護士費用相当額は、金三〇〇万円とするのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴損害賠償の請求は、金三三三七万三二九四円及びこれに対する本件事故の日である昭和五五年二月二二日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度においてこれを正当として認容し、その余は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仙田富士夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例